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名古屋地方裁判所 昭和31年(ワ)1839号 判決

原告 住田一義

被告 名古屋東税務署 外一名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「名古屋地方裁判所昭和三十年(ヌ)第二八六号不動産強制競売申立事件につき、同裁判所の作成した配当表中被告両名に対する配当額を各取消し、原告の配当額金五万八千七百二十九円を金七万五千三百七十四円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、被告名古屋東税務署を被告国に、被告名古屋市北区役所を被告名古屋市に夫々訂正する旨申立て、被告の変更は行政事件訴訟特例法第七条に特に許す旨規定されており、法理的乃至観念的には右以外の場合許されぬこと勿論であるが、死者を被告とした場合その相続人に変更を許す大審院の判例のあることは、裁判上の傾向としてこの問題を余り管見にとらわれる必要のないことを示していると云える。本件において原告は最初司法書士の記載せる訴状において、被告として名古屋東税務署右代表者大蔵事務官佐藤英治、名古屋市北区役所右代表者区長塩田実男と表示したが、これは国の名古屋地方裁判所に対する本件交付要求が名古屋東税務署大蔵事務官佐藤英治を以て、名古屋市の同交付要求が名古屋市北区長塩田実男を以てされていたゝめ、原告がこれを踏襲して被告の表示としたものである。若しかゝる被告の表示が訂正変更をも許さない無効のものとすれば、前記裁判所に対する交付要求の効力も問題である。

而して右の如き表示を以てする国及び名古屋市の交付要求が有効である以上、原告がこれに対し配当異議を訴えるのは、交付要求者を相手とする意図であること明白であつて、原告は被告とすべき当事者のとらえ方を誤つたと看るよりも、その当事者の表示の仕方を誤つたと解するのが常識ではあるまいか。即ち原告は被告の表示の仕方を右の如く交付要求者自身交付要求にあたりなしたものをそのまゝ踏襲したのであるから、それが適正な表現でないと云う場合適正な表現の仕方に変えることは許さるべきである。

と述べ、請求の原因として、

一、原告は訴外柴田芳一に対する名古屋法務局所属公証人田中貞吉作成第四五、一六〇号手形金弁済契約公正証書の執行力ある正本に基き、昭和三十年八月二十八日支払を受ける約の約束手形金金十万円及びこれに対する昭和三十年八月二十九日より同年十月五日まで金百円につき一日金九銭八厘の割合による損害金金三千七百二十四円の債権のため、元右訴外柴田の所有にして当時訴外神戸鉱の所有する別紙目録記載の不動産に対し、昭和三十年十月七日名古屋地方裁判所に不動産強制競売申立をなし、同月十三日同庁同年(ヌ)第二八六号事件を以て不動産強制競売開始決定があり、同月十五日その旨の登記がなされ、昭和三十一年七月七日さきに代金金二十三万五千円にて競落せられたる同競落許可決定がなされた。

二、而して被告名古屋市(北区役所)は、昭和三十年十月十七日、被告国(名古屋東税務署)は、昭和三十一年十一月二日夫れ夫れ右裁判所に対し、訴外柴田芳一に対する各債権に基き夫々交付要求をなし、同裁判所は、代金配当期日に、被告名古屋東税務署(国)に対し金九千五百十円、被告名古屋市(北区役所)に対し金七千百三十五円の各配当をなす旨の配当表を作成した。

三、しかしながら本件不動産は本件競売申立以前たる昭和二十八年十月九日訴外柴田芳一より売買により訴外神戸鉱にその所有権の移転がなされ、昭和三十年七月五日その旨登記せられていたものであつて、本件競売手続も訴外神戸鉱所有のものとして行われたものである。

四、したがつて、訴外神戸鉱は右登記後その所有権の取得を何人にも対抗出来るところ、たゞ原告に対しては、原告が右訴外人に対する所有権移転登記のなされる以前昭和三十年六月二十四日仮差押登記をなしているため右所有権の取得をもつて対抗することが出来ず、原告は右所有権移転登記後においても新所有者に対し本件競売手続を追求し得たのであり、かかる仮差押債権者でない被告等は訴外神戸鉱より右所有権の取得をもつて対抗せられ、本件のような各交付要求をなし得ないものである。

よつて請求の趣旨記載の如く配当表の変更を求める。と述べ、立証として甲第一、第二号証、第三号証の一、二を提出し、乙号各証の成立を認めた。

被告両名に対し適式な呼出をなしたところ、被告名古屋東税務署指定代理人及び被告名古屋市北区役所指定代理人(名古屋市北区長のなした指定代理人の適任の適否は暫く措く)が出席し被告等指定代理人等は、夫れ夫れ、本案前の登弁として、原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、その理由として各関係部分につき被告名古屋東税務署、名古屋市北区役所はいずれも権利義務の主体たる根拠なく、たゞ行政事件訴訟特例法第三条により名古屋市北区長又は名古屋東税務署長が違法なる行政処分をなしたる場合、同区長又は同署長を被告となして右違法処分の取消又は変更を訴求し得るに止るのであるが、本件は配当表の変更を求める通常訴訟事件たるに止まり、右の如き行政訴訟事件でないので、右被告等はいづれも訴訟適格を欠き、本訴は不適法として却下せらるべきである。と述べ、本案につき、夫れ夫れ「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁としていづれも請求原因事実中第一乃至第三項を認め、第四項中訴外神戸鉱に本件不動産の所有権が移転登記された後、被告等の配当要求のなされたことを認め、その余の点を否認し、本件の如く仮差押債権者が債務者の仮差押不動産の譲渡行為を否認して強制執行をした場合、仮差押債権者以外の債権者は特段の事由のない限り右仮差押不動産の譲渡行為につき、該不動産の譲受人より対抗せられるが、それをもつて直ちに仮差押債権者の右強制執行手続に加入出来ないとは云えない。蓋し、仮差押債権者以外の債権者が当該不動産の譲受人より対抗されると云うことは、強制執行手続について云えば単に仮差押債権者以外の債権者が当該譲渡行為の無効を主張し、これが無効を理由に当該譲渡不動産について独立して強制執行を追行することができないと云うに止り、仮差押債権者の強制執行手続に加入することが許されぬ趣旨とまで解すべきでない。

仮差押債権者が当該仮差押不動産の譲渡行為を否認すれば、該不動産は債務者の不動産として強制執行の対象となるのであるから、一度債務者の財産として強制執行が開始せられた以上、その後の手続においては、仮差押債権者以外の債権者においても仮差押債権者と同様に取扱うべきである。そうでなければ仮差押債権者は、特に優先弁済を受ける特権を有しないに拘らず、債務者が仮差押を受けた後所有権を他に譲渡したと云う一事により他の債権者を排し独占的に弁済を受ける結果となり、債権者平等の原則に反する。したがつて、原告の請求は失当である。と述べ、

立証として被告名古屋東税務署指定代理人は乙第一、二号証を提出し、甲号各証の成立を認めると述べ、被告名古屋市北区役所指定代理人は甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

案ずるに、原告は本件各被告を名古屋東税務署及び名古屋市北区役所へ表示したのは表示の仕方を誤つたものであるから、これを国右代表者法務大臣中村梅吉及び名古屋市右代表者市長小林橘川と夫々訂正する旨申立てるけれども本件訴状の記載によれば、原告は被告欄に名古屋東税務署右代表者大蔵事務官佐藤英治、名古屋市北区役所右代表者区長塩田実男と表示していることが明らかでありこれをもつて原告申立のごとく被告国右代表者法務大臣中村梅吉被告名古屋市右代表者市長小林橘川の表示上の誤りとは到底なし難く、却つて本件訴状の全記載内容及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件交付要求の主体は名古屋市及び国であるにも拘らず、これを名古屋東税務署及び名古屋市北区役所であると誤解し、これらを被告とする意思で訴状にその旨の被告の表示をなし本訴を提起したことが認められるから、原告は被告とすべき者を誤つたものという外なく、従つて被告の表示である名古屋東税務署及び名古屋市北区役所を国及び名古屋市と訂正することは、表示の訂正にとゞまらず、所謂任意的当事者の変更となるものと云わなければならない。

しかるに民事訴訟手続は当事者間における紛争を解決すべきものにして当事者は民事訴訟手続の基礎をなす主要なる要素をなすをもつて、通常の民事訴訟手続においては所謂任意的当事者の変更は許されず、たゞ行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴においては、所謂行政庁の窓口の多岐にわたりその捕捉の困難なることと出訴期間の制約あることを顧慮して特に行政事件訴訟特例法第七条を設けて被告の変更を許しているにすぎなく、本件は名古屋東税務署(国)及び名古屋市北区役所(名古屋市)が本件競売手続において配当表記載の配当金を受ける権利を有するか否かの判断を裁判所に求める通常の訴訟事件であつて、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める行政訴訟事件でないことが明らかであるから、各被告を右のように任意的に変更することは許されないものと云わねばならない。

もつとも原告は、本件被告の表示は被告等側における本件交付要求の表示を踏襲したもので、飽くまでも右交付要求の各主体を当事者とする意思に変りはなく、本件交付要求において名古屋東税務署長名古屋市北区長の名義が国及び名古屋市を意味する以上、訴状の表示も同様に解すべきであると主張するが、前説示の如く訴訟手続において当事者はその基礎となるものにして特に厳格に解すべく、訴訟の当事者と交付要求手続における名義人とを混淆することは出来ないので原告の主張は理由がない。又原告挙示援用にかかる大審院の判例も原告の所説を維持するに付適切なるものとは認め難い。而して職権をもつて、名古屋東税務署及び名古屋市北区役所の当事者適格について調査すると、被告名古屋東税務署は大蔵省設置法第四十七条第一項、第三項、大蔵省組織規程第百三十九条、同別表第十表により設置された国税局の所掌事務の一部を分掌させるために置かれた事務所に過ぎず、名古屋市北区役所は地方自治法第二百五十二条の二十第一項により市長の権限に属する事務を分掌させるため、同市条例で設置せられた事務所に過ぎず、共にいかなる意味においても通常訴訟の当事者たる適格を有しないことが明らかである。

よつて本案につき審究するまでもなく本件訴は不適法にして却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢三朗 榊原正毅 角田恭子)

目録

名古屋市北区船付町一丁目十五番

家屋番号第四十五番の四

一、木造瓦葺平屋建居宅

建坪 十四坪

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